2018年1月23日火曜日

フィン・マックールとアイルランド上王(3)

フィン・マックールとアイルランド上王(1)
フィン・マックールとアイルランド上王(2)



さてアイルランド上王の座はコナラの後にアルトに移った。フィン・マックールはアルトにも仕えたが、順風満帆とはいかなかった。
それはコンの代から関係が続くマンスターの情勢がこじれることに始まった。マンスター貴族には有力なマクニア、コナラ、エオガンの一族の間にとある取り決めがあった。それは当代の王を輩出した家から次代の王を選出してはならないというものだった。
(詳しい経緯についてはこちら

コンと激戦を繰り広げたエオガンにはアリルという息子がいた。
アリルは王になっていたが退位せねばならない状況に置かれると、父と同じ名前をつけた息子のエオガンに王位を譲ろうとしたのだった。アルトもこれに同調した。
しかしこれに対し不服を申し立てたのがマクニアの息子マックコンだった。そしてマックコンを支持する者も大勢いた。エーランという部族のネヴェド王もその一人だった。

 ネヴェドは先代の上王コナラと戦って彼を殺させた人物だった。ネヴェドがコナラを死なせた直後まで話はさかのぼる。
 コナラには同名のカルブレという三人の息子がいて、コナラが死ぬとカルブレ三兄弟はマンスターの外まで逃げていった。エオガンがそこにやってきて、コナラを討ち取ったイングケルがネヴェドの館に寝泊まりしていると言った。カルブレたちは復讐を決意してネヴェドの館に行くという友人の力を借りて騒ぎを起こして宣戦布告するのだった。そして戦いに赴くカルブレに兵を供与して自ら傍らに立って戦ったのはデルグティネという族長だった。 このようにしてカルブレはネヴェドを打ち破ってイングケルを殺して仇をとったのだった。
 「コナラの息子たち」という話を簡単に紹介した。
ここでカルブレたちに手を貸したデルグティネ(Deirgtine)はエオガンの先祖に当たる人物で時代感が少々狂っているようだが、つまりエオガン一族の加勢によりコナラの息子たちは仇を討てたということになる。
マンスターではネヴェド王とコナラの対立が深まっており、コナラの死後にもこの伝説的な対立構造は継続していったように思える。
 つまりエオガン一族とコナラ一族は協力関係にある一方で、マクニアの息子マックコンはネヴェド王を協力者とした。
両者の戦いは叙事詩「キンアブラトの戦い」にて描かれているが、マックコンがネヴェド王と連合して挙兵すると、コナラの息子たちカルブレ三兄弟はエオガン一族を支持してこれに馳せ参じている。
一方、マックコンを支持してマックコンの陣営に結集した勇士たちの中にフィン・マックールの姿があった。「キンアブラトの戦い」において彼はマックコンの従兄弟だったと言及されている。また「フィン歌集」にはフィンが断腸の思いでアルトに敵対したという一節がある。
フィンが決起に参加した理由はなんであれ、上王アルトはエオガンを支持していたので、これはフィン・マックールの独断だった。

 ところがキンアブラトの戦いはマックコン軍の敗退に終わった。ネヴェドはカルブレ兄弟に討たれてマックコンも危うく命を落としかねないところだったがなんとか脱出したのだった。しかしマックコンはかつてのエオガン(コンのライバル)と同様に雌伏の時を過ごし、外国で兵を集めることに成功した。そして再び戦いの狼煙を挙げたのだった。

上王アルトは自ら出陣してエオガン軍と連合してマックコンに対応した。ムクラマでの戦いはマックコンの勝利に終わった。その敗北で上王アルトやエオガンとその兄弟はことごとく戦死を遂げた。
戦いに勝利したマックコンは新たな上王となり、フィン・マックールはマックコンに忠実な戦士として仕えることになる。
一方で、敗北したエオガン軍のうちで生き残ったアリルにとって唯一救いとなる出来事があった。それは息子エオガンやアルトは戦いの前日に新たな子を授かっていたことだ。子供たちは優れた王になると予言されてもいた。
だがアルトの息子コルマクと、エオガンの息子フィアハが成長して台頭するまでアルトは耐えねばならず、いつしか三十年余りが経過していった。

コルマクは長じて王になる時には優れた王の資質を見せた。マックコンが誤った裁定を下したがコルマクは良い裁定を提言したため、マックコンは自らの意志でコルマクに王位を譲ったという伝説がよく知られている。だが年代記ではマックコンはコルマクに追放されたと記されており、いずれも伝説なのだが、前者はコルマクの優れた法治とその能力を示すエピソードなのだろう。

王位を退いたマックコンは軍勢を引き連れて本拠があるマンスターに帰還した。彼の後を継いでコルマクは新たな上王として即位したが最初の治世は不安定だった。なぜなら多くの人材がマックコンに従ってマンスターへと移動していたのでコルマクの軍勢はタラを守るためには十分と言えない陣容だったからだった。そしてマックコンに従ってマンスター入りした者の中にフィン・マックールも名を連ねていた。
コルマクは瞬く間にタラの都から追い出されてしまう結果となる。敵はアルスターの黒い歯のフェルグスという王たちだった。タラを奪い返し王として返り咲くにはコルマクは戦力を集めなければならなかった。

その時、コルマクが頼ったのはマンスターのエオガン一族だった。依然として父親の代から続く彼らの同盟は有効だった。エオガンの父アリルとエオガンの息子フィアハ、そしてエオガンの甥のタズクはコルマクを暖かく迎え入れて反撃のための拠点を与えた。
彼らはまずコルマクに戦力補強のためにエオガンの叔父ルガズ・ラーガを仲間に入れるように助言した。
確かにルガズは優秀な戦士だったが、それは困難なことだった。なぜならルガズはアリルと仲たがいしていたのでキンアブラトの戦いの時点で既に反アリルのマックコン陣営に参加していた。そのうえ、ムクラマの戦いでアルトを殺したのはルガズだったとも言われていた。つまり宿敵、親の仇だった。
 ところがコルマクはルガズを説き伏せることに成功した。入浴中に押し入り有無を言わせぬ説得だったが、かえって彼はコルマクの強気を気に入ったのかもしれない。そしてタズクに勝利後の報酬を約束してさらに彼を従軍させ更に兵を集めることにも成功した。
 だがアリルとフィアハは後押しこそすれ、コルマクの遠征には参加しなかった。伝説ではその理由はなんら語られないが、おそらくマックコンの一族との対立が原因だっただろう。

 マックコンは退位すると軍勢を引き連れてマンスターに帰還した。軍を率いていたからにはエオガン一族と戦っていたということだろう。これを裏付けるように伝説ではアリルと和平の会談をセッティングしている。だがアリルにはマックコンと和解する気はいっさいなかった。結局、会談が決裂するとマックコンは軍とともに移動を開始した。
フィン・マックールやオシーン、キールタといった戦士がマックコンの護衛にあたった。フィンはマックコンに暗殺の危険を予言したが、彼はまじめに取り合わなかった。そしてフィンの危惧通りにアリルの放った刺客によってマックコンは暗殺されてしまう。
 だがこれで終わらせてなるものかと、フィン・マックールは復讐のために七年間も暗殺者をつけ狙った。その後の伝説でもエオガン一族とマックコンの一族の敵対は随所に見られるので、マックコンの死んだ直後といえどマックコンの一族はおそらくエオガン一族の脅威であり続けたのだろう。

 一方、強力な援軍を得たコルマクは一気に北上してアルスター軍に戦いを挑んだ。黒い歯のフェルグスら兄弟は討ち死にして、コルマクは上王の座を奪い返したのだった。
 コルマクの治世はこのようにして安定期に入った。フィン・マックールや彼の戦士団の伝説の多くはこの時期のものだ。だが戦士の長フィン・マックールはマックコンの復讐のためにすぐには帰順しなかったし、アルスターは祖父コンを殺害しコルマクを追放したことなど未だ脅威となっており、マンスターではエオガン一族とマックコンの一族が対立を続けていたのだった。

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