2020年6月29日月曜日

フィン・マックールの猟犬ブラン~アイルランドの動物に変化する人間の伝説

ケルト神話には多数の犬が登場する。フィアナの英雄フィン・マックールも複数の猟犬飼っていたのだが、その中でも最も有名な犬はブラン(とスコーラン)だろう。
ブランの母Uirne(以下ウィアネ)の犬化とブランの誕生については14世紀のYBLに最古のバージョンが掲載されている。

ヌアザの息子のティーグの娘のウィアネ・ウィアベルはブランとスコーランの母親であり、アンガス・ゴブネンの息子のフィアハ・アラディの息子のフェズリミズの息子のフェルグスの息子、ダール・ナラディの王であるイムカズが父親だった。
以下のようなあらましで彼らは生まれたのである。つまりイムカズはフィンに彼女との結婚の許可を求め、フィンはダール・ナラディの王妃が彼女を害さないようにルガズ・ラーガの保証を得てから与えたのであった。しかしダール・ナラディの王妃はルガズ・ラーガの保証を気にもせずにウィアネを杖で打つと雌犬の姿に変えてしまったのだった。彼女は自分の姿を再び取り戻す必要があったが、二匹の子犬は杖に打たれていなかったので犬の姿を変えることはできなかった。
それからルガズ・ラーガは(ダール・ナラディに)行くと彼の名誉の復讐としてダール・ナラディの王を殺した。そして彼自身のため彼女に求婚して三人の息子、エォーガン・ルアズと彼女の犬としての名前であるダスカーインの息子スギアス・ブレクとカイル・クロダが産まれた。したがってルガズ・ラーガの三人の息子とブラン、スコーランは同じ腹から産まれたのである。


 その他、大筋は同じではあるが細部が違うものとして15世紀の『Feis tighe Chonáin』がある。
 こちらには興味深いことに、彼らが人間か犬の姿のどちらでいるかをフィンが選択するといった要素が見られる。これに対して、杖で打たれなかったから人間の姿に戻れなかったというYBLの記述が示しているのは必ずしも人間に戻れないということではなく、犬の姿のままでいた理由付けのようなものだろう。また、『Feis tighe Chonáin』では二匹の子犬はオスとメスであるとも記されている。

17世紀の『Duanaire Finn-ⅩⅦ-Cailte's Urn』ではブランについて、犬であるが犬とではなくダール・ナラディの王子とつがったと記しており、ここではメスとして扱われている。

(※ただしJohn R. Reinhard 及び Vernam E. Hull は男女関係ではなく、ブランの親子関係を示唆した信頼関係として解釈している。)

これについては、人間社会を離れて野生の動物のように(時に動物になる)生きる野人のの伝説として解釈可能だ。動物のように生きる女性が男性と出会うことにより人間性や地位を取り戻すという類型にあてはめて考えると、ダール・ナラディの王子とつがうことは人間の姿に戻るということを暗示していると考えてもよいのではないだろうか。なによりも、母親のウィアネが男性との出会いにより人間に戻るという実例がある。

類型1
犬の姿になったウィアネがルガズ・ラーガに救われ人間の姿を取り戻し三人の子を産む。
類型2
鹿の姿になったサドヴがフィンと出会うことにより人間の姿を取り戻しオシァンを産む。※ゲッシュ(制約)により名付け?が妨害されていた。
類型3
天の声により気が触れ荒野をさまよい羊と一緒にいたモール・ムヴァンがフィンゲンに名を尋ねられ答えることにより正気を取り戻し共寝することで王妃となる。
類型4
父の死により気が触れ荒野で生活するミーシュがドゥブ・ルスの竪琴演奏に気を許し正気を取り戻して夫婦となる。
類型5
聖ナタリスの呪いにより人狼と化すオーソリーの男女の物語りで雌狼を人に戻すのは雄狼である。

このように男性とのつながりによって女性が正常な姿を取り戻すといった物語は多数存在する。
また、鹿のサドヴの物語の大元である『Legendary Fictions of Irish Celts』では、ブラン、スコーランたちはサドヴ(サーヴ)が”自分たちと似たような性質” であると知っていたと記されている。
Duanaire Finnの記述についてブランが雌であると解釈するならば、これらの類型に当てはまるとみるべきであろう。
ただしこの記述についてもJohn R. Reinhard 及び Vernam E. Hullに従ってブランを雄として解釈できることも留意しておきたい。むしろ雌として捉えるほうがレアであり、自分の不純な動機によって突き動かされている感は否めない。だってワンコなオンナノコかわいいじゃん。Feis tighe Chonáinなら片方雌だし。

また、YBLには7世紀後半頃から古い基礎的な編纂が始まっていたとみられるオ・ムルコンリーの小辞典が収録されているのだが、ここで意味を解説されているconoelという単語がある。これは狼を意味するconfaelという単語からきているものらしい。
Conoel .i. ben tet a conrecht.   コノエル、つまり狼の姿になった女性 
単語として特に女性の人狼を指す言葉があることは興味深い。性別に結びつくような伝説上の要素について共通の認識があったのだろうか。

~~余談~~
 類型2と類型3の野人の名を明かすといった要素は、シェンハス・モールで解説として紹介されている『フィンと木の男』にも共通する。また、スウィニーの伝説『Buile Suibhne』においても北イー・ネールのケネール・ゴニルの王ドヴナル・マク・アーエドがスウィニーの名を明かすシーンが存在する。
名を明かすということについて何かしらの先行研究みたいなのがあれば読んでみたい。