2018年1月18日木曜日

フィン・マックールとアイルランド上王(2)

 フィン・マックールとアイルランド上王(1)



さて、フィン・マックールが百戦王コンに仕えたことは既に述べた。
しかし百戦王コンの周囲の人物についても注目していきたい。
まず百戦王コンには息子が何人かいた。三人だったり四人だったり、そういう適当さは伝説には付き物なのだがおそらく有名な人物は美貌のコンラと孤独のアルトだろう。コンラといってもクーフーリンの息子ではなく、同名の別人だ。

 美貌のコンラにまつわる伝説を紹介する。
コンラは美しく勇ましい若者だった。ある時、百戦王コンがコンラ王子と一緒にいるときに目には見えない何者かがコンラに語りかけた。
コンは驚いて目に見えぬ者に誰何した。 その者は常若の国に住まう女性であり、愛するがゆえにコンラを連れて行きたいと申し出るのだった。
 コンはドルイドにコンラを守らさせた。だが常若の国の林檎を咄嗟に女から受け取っていたコンラはそれしか食べずに過ごすようになった。
ついにコンラは思いつめて父親に常若の国の女について行きたいと吐露すると、女と一緒に水晶の船に乗って、それから行方知れずになってしまった。

一方、孤独のアルトについてだが、百戦王コンの息子はほとんど死ぬか雲隠れして王位を継げたのは彼ただ「一人」だったことにその名が由来している。
百戦王コンが在位中に起こった出来事とアルトの冒険の伝説を簡単に紹介する。フィン・マックールもアルトの冒険に少しだけ登場している。
→ アルトの冒険とデルブハイウへの求婚(抄訳)

 妻を失い悲嘆にくれる百戦王コンを惑わすベクウァというが現れた。彼女はアルトを目の仇にして、彼に試練を課した。王子アルトはデルブハイウという女性を連れて来る使命を帯びて大洋に船出した。デルブハイウの家族は娘に言い寄る男を皆殺しにしており、アルトに対しても魔物のはびこる土地をつくって妨害した。しかしアルトは魔物を退治しながら旅を続け、ついにデルブハイウに出会うと彼女の邪悪な家族を殺してアイルランドに連れ帰ることに成功した。
そしてアルトは使命を果たすと王都タラからベクウァを追放したのだった。

 いずれの話も船旅と妖精の国が主題になっている。
  フィン・マックールは百戦王コンが死ぬと孤独のアルトにも仕えたのだが、それにはなぜ百戦王コンが死んだのかを語らねばならないだろう。
既に書いたように百戦王コンには孤独のアルト以外にも息子がいたが、コンラは雲隠れし、他にいた王子クリオナは叔父に殺されていた。
ジェフリー・キーティングによれば百戦王コンにはライバルが多く、弟のエオハズやフィアハもコンに反目していたので王子クリオナが殺された。(なおコンラも同様に殺されたとされる)
報復を恐れたエオハズはアルスター王国へ逃れた。コンは エオハズを引き渡すように交渉しようとしたが使者として派遣されていた王子アサルはアルスター王の許可も得ずに勝手にエオハズを殺してしまった。
既にレンスターやマンスターとの抗争については述べたが、百戦王コンはアルスターとも戦争を繰り広げており、コンの兄弟はそこに逃げ込んだ。
それでも、前回で述べていることだが百戦王コンは「コンの半分」と呼びならわされるようにアイルランド北部における上位の支配権を握っていたのだが、これは後世に伝説をつくった詩人たちにパトロンである貴族たちが影響を及ぼしたのだろうと言われている。北部の有力な貴族たちの多くはコンの子孫であると主張していたのだ。
 コンの伝説ではレンスターに対しては勝利する内容が多く、マンスターに対しては一部の貴族たちと手を組む一方で他方の貴族たちと対立する関係が見られる。
(たとえばマンスター王エオガンに敵対する一方でコナラやマクニアと手を組んでいた)
アルスターについてはどうだろうか。北部の上級支配を喧伝していながら、コン自身は北部に属するアルスターとの戦いでは完全に優勢とは言えないようだ。
アルスター王が保護していた弟のエオハズを同意なく勝手に殺害してしまった件で、百戦王コンはアルスターと戦い敗北してしまう。
彼の最期はアルスター王ティブラティ(Tibraite Tirech)と争い、戦場で殺されたともタラの都で女装した戦士たちに殺されたとも伝わっている。
余談だがこの時にコンを殺すのに使われたのがクー・フーリンの剣だと言われている。

百戦王コンが死ぬと次にアイルランド上王になったのは美貌のコナラという男だった。
この男は、エオガンとの戦いの折りにコンに恭順していたマンスターの貴族だ。
なぜアルトを差し置いて上王になったのか、それを理解するには戦国時代ともいえる中世アイルランドとブリテン島の同盟関係についての知識が必要だろう。
当時のブリテン諸島(アイルランド島も含む)では一個人の君主が全域にわたるような支配を広げられるような統治機構が存在しなかった。それは経済的にも軍事的にも文化的にも実現することは不可能だった。
そこで君主たちは同盟や従属などによる緩やかな支配体制を築くことを目指した。対等な同盟関係では相互に支配権を認め合い共同で広大な領域を支配した。
コンの一族とマンスターの貴族たちはこのような関係にあったと見られる。リーダーシップを発揮する片方の君主が死んでも、関係が順調な限り同盟は継続して代わりに残った者が支配を続けた。
コナラとマクニアは百戦王コンの娘婿になっており、 エオガンが敗北したあとにはマンスターの統治を任されるコンの忠実な同盟者となっていた。

 概ね同盟関係はうまくいっていたようで、コナラが七、八年の統治の後に戦死すると百戦王コンの息子アルトが代わりに上王になった。しかしコナラに死をもたらした脅威の影はアルトの統治に重くのしかかってくる。
そしてそれはフィン・マックールに無関係ではなく、彼にある決断を迫ることになるのだった。

続き